キラキラと輝くもの

音楽をやっています。お手柔らかに…

「主役になりたい」を作りました

新曲を作りました。

「主役になりたい」っていう曲です

実は最近作った曲ではないのです、

わたしが無職の時に作りました。

 

なんでこんなに公開するのに時間がかかったのかっていうと、

この曲を作るのは死ぬほど苦しかったからです。

 

 

私は今まで20曲?もっと?の曲を作ってきたけど

ほとんどの曲は1時間もかかっことないと思う。

まじで曲作りで苦しんだことは、

本格的に音楽活動を始めた5年前から

一度もありませんでした。

 

曲を作ることは生きてる中で一番楽しくて

やりやすい行為だったけど

今回は半年かかりました。

 

 

生きてること自体が辛くて堪らない中で

唯一の楽しみだった音楽作ることを

苦しいと感じるのは辛すぎて、

 

自分の「すべて」を無くすってこんなに

辛いんだなっておもった。まじ、バンドなんか

やめちゃおうかなって初めておもった

てか音楽を作るのが死ぬほど辛かった…

 

私は本当に堪え性が無くて、雑魚で

甘えててゆとりでダメな人間だから、

少しのことでもう消えてしまいたいって

思うくらい逃げたくなってしまうんですけど、

 

そういう時も「でも私は音楽が作れるから」

って乗り越えてきて、でももうそれで

音楽がつくれなくなりましたってなったときの

絶望感、わかりますか…

 

 

 

ここからはくそキモい自分語りなので

もう記事を読むのやめてもらってまったく

構わないんですけど、

 

 

私は常に劣等感を抱えながら生きてきました。

 

小学生の頃は男子より背が高く、

足もはやくてバレー部のエースで、

でもそれを誇らしいと思うことなんていちどもなく

 

小3でバレーをはじめて

そのときはこの年なんて私と今の相方しかいなくて

2年間ひたすら先輩たちのサポートをして

やっと自分たちが主体になれる小5のとき、

たくさん同級生が入部してきて

 

2年間ボールを拾い続けてスパイクの練習も

させてもらえずただ自分が試合に出れることを

想像して耐えてきた私たちの目の前に急に現れた

自分より上手い初心者の子たち、

わたしは死にたくなりました。

 

 

でも監督はわたしをエースにしてくれて、

みんなが休みの日も練習させてくれて

 

でも一つすっっごい目立った欠点がわたしには

あって、わたしはミスが続くとまっっったく

使い物にならないくらいに落ち込んで、

本当に使えない邪魔者になるってことです

 

 

 

小4のとき、

 

「来年からは萌子がエースで

このチームを作っていく」

 

って言われて本当に嬉しくて、

 

でも自分の思ったように打てたボールでも

監督やギャラリーに何か言われると

怖くて辛くて過呼吸になって倒れました

 

まだ年齢が一桁の時から、わたしは

過呼吸でぶっ倒れてました(笑)

 

 

この頃から毎日付き添っていた今の

マイサプの相方は、

わたしが過呼吸でぶっ倒れてたこのとき、

私を一番に支えてくれたキャプテン。

12年間治らないわたしの過呼吸に医者よりも的確に

対応できます。ありがてえ…ごめん…笑

 

 

 

自分が一生懸命、自分の生活のすべてで

自分の努力できるものを全てつぎ込んだバレーの中で

人に批判されることがひたすらきつかったんだと思う

わたしは未だに大きい声で名前を呼ばれると

あの頃を思い出して動機が止まりません

 

 

 

 

小5でアタックのうちすぎで肩を壊して

腕が上がらなくなった時、

 

「このまま一生肩が上がらなければ

もう二度とスパイクをミスすることで

怒られることなんてないのに」

 

って本気で思った。

つらかったです。

 

 

わたしはバレーともう一つ、得意なことが

ありました、絵を描くことです。

 

 

絵のコンクールに応募するたび入賞しました

漫画家になりたいと本気で思ってました

クラブ活動はイラストクラブで、部長でした

 

友達もみんな、萌ちゃんは絵が上手くていいなっていってくれた

 

わたしは漫画家になるんだっておもってた

 

 

 

中学に入って、

わたしは美術部と迷ったけど、

やっぱりバレー部にはいって

 

自己紹介の欄の特技、趣味には

「バレーボール、絵、ギター」

とかきました

 

 

 

ほかの小学校から来た子に、漫画家志望の子が

いました。

わたしは自分の方がうまいとおもってべつに

何も気にしていませんでした。

 

 

5月になって、美術でかいた作品が階段に

貼られました、

わたしは自分の絵は素晴らしいと思いました

 

隣に貼られてたのは、おなじ漫画家志望の

例の子の絵でした。

 

 

みんな私の絵ではなくその子の絵を見ました。

 

その子の絵はとても綺麗で

私の絵とは比べものにならないくらい

うまかった、

 

「わたしじゃなくて、この子が漫画家になるんだ

わたしは漫画家になれない」

 

と思いました。

 

 

私はあの日のことをきっと一生忘れないと思う

あの日、部活が終わった後、

私は本当に死にたかった。

自分が漫画家になりたいと言ってたこと、

自分が絵が得意だと思ってたことが

本当に恥ずかしくて死にたかった。

 

 

中学時代は、まじで最悪なことしか

してないため一生中学時代について言及しないぞ!って

決めてるんですが、この出来事だけは

これからバンドをやっていく中で、

本当に外せない大きい出来事です。

 

 

いや、お前より絵が上手いやつおるなんて

当たり前やん!ってみんな思うと思うけど

 

私は本当に辛かった

 

なぜかわからんけど、

 

【自分はバレーが得意だけど

自分より上手い人もいるからその人に勝ちたい】

 

と思ってたバレーで負けるのと、

 

【自分は絵は上手い。

ほかのことでは負けるけど絵では負けない】

 

 

って思ってた絵で負けるのはまったく違った。

 

私はこの時から人に何かを

「得意」とか、

自分の「長所」を言うのが

怖くなった。

 

今も自己評価がうざいくらい低いのは

この出来事が原因だと思ってます。

 

 

 

 

人間の底辺だった

中学3年間はぶっとばして、(笑)

 

 

高校に入りました。

 

 

最高の高校時代、

毎日が楽しくて楽しくて

 

ぶん殴られても赤点取っても

転んで血だらけになっても

腹筋が割れるくらい笑えた。

 

友達がみんな最高だった。

 

 

そしてなによりも人生の課題となる

「バンド」との出会い、

 

 

 

私は物心ついた時からピアノを習ってて

小6からギターをはじめて

 

 

 

「高校にいったら絶対バンドを組む」

 

 

ってずーーーーーーーっと思ってた。

 

 

 

 

で、高校行って、バンドを組んで、

好きだったpillowsのコピーをしたり

エルレガーデン銀杏boyzRADWIMPS

クリープハイプなどのコピーをひたすらしてた。

 

 

バンドはとてつもなく楽しかった。

 

 

私は、ギターや歌をバレーや絵のように

「得意だから誰にも負けられない」

なんて思ったことは一度もなかった。

 

 

楽しいから、好きだからやってた。

 

 

 

赤点取って先生に呼び出されて、

「ギターをやる時間の半分でいいから、

簿記をしなさい」って言われたり、

 

学校にギター担いで行って、

放課後になったら部活をサボってスタジオ

入って練習してた。

 

 

 

 

2012年6月2日、

BUMP OF CHICKENのライブに

わざわざ福岡まで行った。

 

一緒に行った子は私と同じ熱狂的なBUMPファンで

私と同じ、日常生活を器用に生きれないことに

悩んでる子だった。

 

 

この日は死ぬまで忘れないです、

 

 

 

私はあの日、マリンメッセ福岡で

何時間も震えながら泣いてた、

 

 

BUMPの演奏を聴いて、

藤くんの歌詞を聴いて、

 

 

なんでここまで共感できるのに、

共感できるっていうことは私も同じ気持ちで

生きているはずなのに、

藤くんはここまで人の心を動かせるのに

私は狭い世界でずっと押し黙ってるんだろう

 

って思って

すっっっごい恥ずかしくて悔しくて、

 

私もミュージシャンになろうと思った

藤くんみたいになろうとおもった

 

 

ありたきりなルーツですが、

私はBUMPと出会わなければ

ここまでバンドにはまらなかったし

音楽で生きていこうとは思わなかった 笑

 

 

 

バイトをはじめて、

ためてたお年玉とバイト代はスタジオ代と

チケットノルマに消え始めました

 

 

バンドはストレスフリーだった、

なんやろ、中学時代の 反抗の非行 と違って、

かっこいい反抗の仕方やと思ってた。笑

 

 

両親も、ライブハウスやリハスタまで送り

迎えしてくれた。

 

私は ライブハウスではじめて、

「こわくない輝き方」を見つけた気がしました、

バレーの時はたしかにエースだったけど、

トスがあがってくるたびに

ちゃんと決めれるか、不安で死にそうだったけど

バンドは間違えてもまったくこわくなかった。

 

 

どっぷりバンドに使って学校帰りに

スタジオに寄り、年上の人と絡むようになった。

 

 

私はバカキャラで生きてるけど正直、

勉強ができないわけではありませんでした…笑

 

高校入学して初めての模試で、

国立大学合格A判定、学年5位以内だったし

 

 

でもバンドマン達と絡むうちに、

そういうのってダサいなって思ってしまった

 

大人に指示された通り、綺麗に真面目に

敷かれたレールを丁寧に走るって

そんなつまんないことないなって思って

 

 

まったく勉強しなくなって、

選択授業でも作文とか音楽とかを選んで

 

気がついたら学年で後ろから4位、

文化祭の時期、ステージでバンド演奏をしようと

文化祭オーディションで演奏したあと

厳しかった生徒指導の先生に呼び止められた。

 

 

正直、私は学校で悪目立ちしてたと思うし

成績も悪くて、本当にバンドバカだったから、

そのことで文化祭にも出させてもらえないのかな

って思った

 

 

 

「おい、お前は勉強も部活もできんかもしれんでも、お前の勝てることで勝負して勝て。オーディションで演奏なんかせんでも、お前ができることはわかっちょる。遊びでバンドやってるんじゃないこともわかっちょるから、先生はお前をステージに立たしてやる。」

 

 

って言われた。まじ泣けた。笑

くそ泣きながら橘橋渡った。

夜やったから誰にも泣いてることばれんかったやろうな。

私は嬉しかったです。

 

 

私より上手い人はおったとおもうよ。

いや、あの高校では私が一番うまかったし

私が一番才能はあったけど(笑)

 

同年代で他校でバンドやってる人たち、

私はバンド仲間!ってせっしてたけど

 

心の中ではバッチバチやった 笑

 

 

お前らのライブぶち壊してやるって

思ってたし、

いつでもお前のことなんていつでも潰せんだよ

って思ってた。ごめんなさい。笑

 

 

でもそれはバレーや絵で思ってた

 

 

「この人たちに負けるのが怖い」

 

じゃなくて、

 

 

「こいつら私よりだせえバンドやってるくせに調子乗ってんの気に食わねえ」

 

だった。。。笑

まじごめんなさい。。、笑

 

 

ここからまた色々色々あって

今に至るわけだけど

またそれはいつか気力があるとき書きたいけど

 

 

何が言いたいかわからんかなったけど

 

 

この「主役になりたい」っていう曲は

私の曲です、

 

 

 

 

私は今までの22年間、

 

 

どの場面でも「主役」になったことは

なかったです。

 

 

誰かに憧れられるような人になったことも

まじでないと思う…

 

 

 

曲を聴いてもらえればわかると思うけど

別にほんとに「主役になりたい!!」って

歌詞じゃないんだよね、

 

 

自分が一番ぶちのめしたい奴が結局今回も

主役に選ばれてしまったけど

ただ自分を今まで見下してた人を

主役になって見下したい、いつか!

見てろよ!

 

 

みたいな曲です。

 

いつか見下そうな〜〜〜!

 

いつまでも負けっぱなしじゃいられんよね。

 

 

まあいつまでも負けっぱなしなんだろうけど。

やってらんねえな!

 

 

がんばりますほんと。

 

 

アルバム出しますほんと。

 

 

買ってください。

 

 

主役になりたい

 

がキーになるアルバムです。

 

は!?結局宣伝!?

ここまで読んだ自分バカじゃん!?!?

 

 

って思った人。

 

 

 

 

 

バーーーーーーーーカ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

ありがとうねみんなほんと