キラキラと輝くもの

音楽をやっています。お手柔らかに…

日本武道館

 

カートコバーンがあの有名な、

「もう音楽に喜びを感じ無くなってしまった」

っていう遺書を書いて自分の頭をショットガンで

ぶち抜いて自殺したのが1994年4月5日、

そして私が麻原彰晃逮捕と同時に生まれて

みんなワイドショーに釘付けの中

お母さんに産んでもらったのが1995年5月15日、

 

 

私はカートコバーンと1日たりとも

おなじ時間を生きれてないです…かなしい

 

 

私が生まれた頃にはとっくにカートは死んでて

ジムモリソンもシドヴィシャスもキースムーンもジョンレノンもジミ・ヘンドリックスジョージハリスンも尾崎豊も死んでて

なにやってんだよ!!!!!!!!!!!!

私はこの大好きな人たちとおなじ時代に生きて

リアルタイムでこの人たちの音楽を聴いて

生きていきたかったし

音楽をやっていたかった…

 

 

 

とても不思議…

 

 

 

でもポールマッカートニー、大槻ケンヂ峯田和伸藤原基央戸川純、鈴木圭介、甲本ヒロト、柴田隆浩、リアムギャラガー、ノエルギャラガー、トムヨーク、デイヴグロール、リンゴスター、アンソニーキーディス、フリー、レディーガガ、

その他諸々大好きなミュージシャンたちと

おなじ時代に生きてるのはうれしい…

 

 

でも一番だいすきなカートが生まれる一年前に

死んだのはとても悲しいです。

でも死んだからこそこんなに好きなのかも。

 

 

 

 

今日は銀杏BOYZの武道館公演です。

 

 

卒業アルバムや卒業文集を読めば

過去の自分が書いた「将来の夢:武道館満員ライブ」

っていう文字がありました、

めちゃくちゃ銀杏BOYZを聴き込みました。

 

 

 

峯田和伸になりてーーーーーーー。

 

 

峯田よりかっこよくなりてえーーーーー。

 

 

 

 

ビートルズ聴いてるけど、今。

 

 

 

 

 

 

 

 

銀杏好きだ。

青春パンクやってて本当に良かった。

 

 

 

私は青春パンクやってて、

それは絶対に銀杏があったからで、

 

 

なんか不思議な気持ち…

 

理想と現実のギャップを見つめることで

ライブ見るのが怖いけど、

 

 

 

色々吸収して色々と感情が変わって

きっと明日からは生きていくんだと思います

 

 

 

今日は間違いなく人生を変える日になるやろうなあああああ

 

2012年6月2日、初めてBUMPのライブに福岡まで行って藤原基央の歌声を生で聴いた日に

私は音楽で生きていこうと決めたわけですが

 

2017年10月13日も、絶対に絶対に絶対に

私の中を大きく変える日になると思います

 

 

 

 

あーーーーーー峯田ーーーー

ストロベリーフィールズのような

 

気がつけば今週末は銀杏の武道館でした

 

私が武道館に憧れたのは

間違い無く、the pillowsの20周年

武道館の影響です。

 

 

卒業アルバム

卒業文集

卒業制作

10年後の私への手紙

インタビュー

MC

 

 

将来の夢に一貫して言って来た

 

【武道館でライブをしたい】

 

 

っていう夢は一生消えたりしないから、

 

 

 

「今日、目が覚めたら20年が経っていました」

 

 

 

山中さわおの武道館MCは忘れられないから、

 

 

 

 

私は上京して、

何度も死にたいと思ったのですが、

 

 

死にたいと思ったときは、

誰に連絡するでもなく、

 

 

Suicaに千円チャージして、

九段下まで行って、

日本武道館」の赤い看板を眺めて、

 

ああここでライブするまでは、

絶対に死ねないな、

とか思って帰るのでした。

 

 

 

バンドをやって、武道館に行きたい

武道館に行きたい武道館に行きたい

 

 

バカみたいにこのことばっかり言って来て、

 

 

「なんで武道館なの?

東京ドームじゃないの?」

 

 

って死ぬほど言われます。

 

 

 

 

ロックバンドは、なぜか武道館公演=一流

みたいな風潮があるのです。

 

 

そしてピロウズの20周年。

 

 

 

 

フラカンの25周年、

 

 

怒髪天の30周年、The ピーズの30周年

 

 

 

日本武道館

 

 

 

 

 

簡単にアイドルや声優が武道館にいく。

 

 

 

 

私たちゴミクズ社会不適合者ロックバンド、

悔し泣きすら惜しんでいらねえ曲ばっか作って

くるかどうかわからない、

なんなら9割こんような武道館公演を夢みながら

誰からも認められず、音楽活動を続ける、

 

 

 

あしたまただせえバンドが、顔だけでデビューするかもしれないし

他人が作った曲を歌ってるだけなのに

アーティストだと言われる人が評価されるだろうし

 

そんなまじでどーーーーでもいい世界に生きてるからこそ、毎日が死ぬほどどうでもよくなるし、

ファンに媚び媚びのバンドの楽器を内緒で

燃やし尽くしたいって常日頃思ってるし

 

 

私は性格が歪んでいるし

もうどうしようもないし

最低だし

 

 

 

でも10/13の銀杏の武道館をみたら

絶対にすべてが変わる気がする、

 

音楽のために生きて生きたいな

 

アルバムを作っています!

 

健康な時間におはようございます!

最近男友達に立て続けに「ヒモにしてほしい」

と言われたので、さすがの私もこれには

怒り狂い、「貯金しとくわ!」と暴言を

吐いてしまいました。

彼らの心を傷つけてしまったのではないかと

今更ながら不安です。

 

 

 

ところで最近は、新しいアルバムを作ってます!

ジャケットのデザインも入稿し、

歌入れも終わってあとは本当に仕上げの段階まで来ています。

10/14の代々木バーバラから物販に並びます。

 

 

私は、どのバンドよりも「ステッカーを配りまくる」という行為をしており、

自分たちのお客さんのみならず、友人、対バン、対バンのお客さん、ましてや好きなバンドの方にも配る始末。

 

 

私は子供の頃、宇宙の絵コンクールで銀賞を受賞、愛鳥週間のポスターや道の絵コンクール、読書感想画等々で賞をとりまくる、偉大な画家だったので以前のアルバムのジャケットから、ステッカーからフライヤーから毎回自分で絵を描いているのですが、

そろそろルーブル美術館からスカウトされそうでおびえています。

普通の女の子でいたいですからね。

 

 

と、そのようにステッカーを来る日も来る日も

配りまくっているわけでありまして、

これでは本業がバンドマンではなくステッカーマンになってしまうと恐れをなした私は、

アルバムを作って売り捌くことで生計を立て、

いずれ西橘通にスナックを経営したいと思い、

今回このようなことにしたのです。

 

 

アルバムは4曲入りで、私たちが活動し始めた

6年前に作った曲から、割と最近の曲まで

アップテンポな曲ばかり集めたものになっております。

 

懐かしいながらも当時のデモからの成長は一目瞭然。

その私の努力に、今をときめくシティポップロックバンド sayonarablueのふたみくん(身長 210cm【公式プロフィールより】)も、感動のあまりチップとして三億円の寄付をしてくれたことは記憶に新しいと思います。

 

 

タイトルは相方が考えてくれた【栄養補給】です。

 

相方はタイトルを作る天才です。

毎日サプリメントというバンド名も、

相方が考えました。

 

 

 

よく、「毎日サプリメントってどんな由来なんですか?」

って聞かれますが、とくにいみはないです。

 

バンド名きめようってなったときに

相方が3つ候補を出してくれたのですが、

一番人前に出て恥ずかしくない名前が、

毎日サプリメントでした。

 

残りの2つは毎日サプリメントより圧倒的に

ヤバめだったので、八つ裂きにして燃やして

コンクリート詰めにして大淀川に流しました。

今は大淀川学習館に展示されてるとかされてないとか。

 

 

毎日サプリメントというバンド名、

全く意味がなくつけたくせに

由来を聞かれると、

 

「私たちの曲はサプリメントなので、

毎日私たちの曲を聴いて元気になって欲しい」

 

とドヤ顔で答えていた相方を数年前目撃したことがあります。

 

 

私はナチュラルすぎる嘘に恐れおののき、

目眩がしました。

目がさめると8年経っていてびっくりしました。

 

 

そんな感じでアルバム作りは順調?に

進んでいますが、

いつまでもミステリアスな女でいたい、

安い女になりたくない、

ファビュラスでマーベラスな萌子さんでいたい

とつよくおもったので

こちらの音源はライブ会場の物販のみでの

販売とさせていただきます。

 

 

よろしくお願いします。

銀杏Boyzの思い出

 

青春パンクの金字塔、【銀杏Boyz】、

私が知ったのは高一のときで、

地元のライブハウスに行き始めたばっかの時

高校生バンドマンたちがこぞってコピーしてた

【BABY BABY】で知って、

 

あー銀杏Boyzね、BABY BABYの人たちね、

【あの娘は綾波レイが好き】の人たちね

 

 

くらいの認識だった。

 

BABY BABYはすごい好きだったけど、

その頃は永遠に生きたい理由になるような

「君」とか全くわかるはずもなかったし、

そんな君との、幸せな夢を見たあとに

悲しくて虚しくて泣くような感情も全く

なかったし、ただバンドマンとしての締めみたいな

とりあえず肩組んでBABY BABY歌えれば!

くらいにしかおもってなかったから、

 

 

 

私が銀杏にどっぷりハマったのは、

【青春時代】っていう曲聴いた時で、

 

銀杏らしいちょっと下品な(だいぶ?)

歌詞も出てくるんだけど、

 

なんか、私が怖いものとか、

こうなりたいみたいなのがつまってて、

 

 

例えばずーーーっと野球選手になりたいって

野球を頑張ってた同級生がなぜか、

公務員課外に行き始めたりとか、

 

小さい頃、歌手になりたいねってずっと

話してた友達が放課後に進路相談室の求人を

眺めていた時とかに、

 

 

とても切なくなってしまって、

進路希望表の【高校卒業後希望する進路】

の進学にも就職にも丸をつけずに出した自分が

周りよりも情けなくて子供に見えた、

 

 

 でもどっちが情けないんだろうとか考えてしまって、

やりたいことを諦めてまともなレールを走るのと、

白い目で見られても自分のやりたいことをやり通すの、

どっちが正解かは一生わからないけど、

まあそれもじんせいなんだろうなって

この曲を聴いて思いました。

 

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それぞれがその人の人生で

その人の幸せなんだろうなあ、

 

 

それと当時は謎に尖ってた部分があって、

まともな人生なんか歩んでやらんぞ!!!

って思ってたから、

 

僕は何かやらかしてみたい

 

 

っていうフレーズがとてもとても

心に響いたのでした

 

 

 

選択していた作文の授業で最後に書いた

10年後の私へっていう作文に、

 

 

もし就職して結婚して子供産んで、

そんな生活を幸せだと思うような

大人にはなっていてほしくないです。

 

 

って書いてあったけど、

 

きちんと就職して結婚して子供産んで

それって超幸せなことなんだろうけど

 

 

多分私はその超幸せではないかたちの

超幸せがほしいんだとおもう、

 

 

いつまでも音楽をやっていたいし

ババアになっても青春とか言っていたいし

ダサいぐらい一生懸命な大人になりたい。

あいついつまで夢見てんだよってぐらい

夢見て死にたい!!!!!

 

 

バンドがんばろ!!!!!!

 

 

おい!!!!!

 

見てるか!!!!!!!!!!!

 

 

 

いつか私が銀杏みたいに峯田みたいに

かっこいい青春パンクのミュージシャンになったら

絶対に、あいつ悔しいけどかっこいいなって

思わせてやる

 

 

がんばろ!!!!!!!!!!!

 

 

そんで、こうこうじだいのわたし、

お前は峯田和伸にはなれないぞ

 

はじめてのエレキギター思い出

 

はじめて

ギター自体を買ってもらったのは、小6の時で

ボディが小さくてショートスケールの、

でもしっかりしたヤイリのアコースティックギターでした。

 

はじめてあのギターを買ったときのことは

一生忘れられないなあ、

 

気が狂ったかのようにギターが欲しい

ギターが欲しいギターが欲しい言いまくって

 

 

ほんとはこれが欲しかったんです、

懐かしの、セピアクルー!!!!!

 

 

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そんで、ギターやりたい卍って言ったら

まあそれなりに はいはいみたいな感じで

親には流されてたんだけど、

 

あまりにもしつこすぎるんで

 

父親が、

 

 

せっかくギターやるんならこういう

オモチャみたいなのじゃなくて

ちゃんとしたやつ持てって

 

買ってくれたのがヤイリのアコギでした

 

 

 エレキをしっかり持ったのは高一のとき

 

忘れもしない(笑)、

イオンの島村楽器で一目惚れした

 

ヴィンテージホワイトのレスポール型のギターで

 

もう本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に

 

死ぬほど惚れて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて欲しくて!!!!!!!

 

 

 

ギターを買うため、

親からもらった当時風に言えば「買い弁代」も

使わず、

JKなのに服も買わずに貯金しバイトし

 

すべてはあのレスポールを手に入れるため!!!

 

 

 

用もないのに家からチャリで1時間かかるイオンに行き

そのレスポールをじろじろと眺めて

あーーいつかほしいなあ。ほんとかっこいいなあ。

と思って帰ったり

 

 

学校帰りに30分かけてイオンまでチャリで行き

レスポールながめて

1時間かけて家までチャリで帰る。

 

 

本当に欲しかった。

 

楽器屋の店員さんたちとは仲よかったから

 

 

あら、また見に来たとね?

買えるといいね〜〜!

 

って言ってもらってた

 

 

 

 

 

 

でも、

結局そのレスポールは親戚のおじさんが

買ってくれたんだよね。

 

 

 

買ってもらうつもりはなくて、

ただ、私は楽器屋が大好きだったから

 おじさんが宮崎に来てる時に、

イオンに行って、わしは当たり前に楽器屋に

入り浸ってて、

そのレスポールを試奏させてもらってて

 

 

おじさんが買ってくれた。

 

 

 

ためた、バイト代では

アンプを買えばいいよって言ってくれたから

 

アンプとシールドを買った。

 

 

 

 

あのレスポールで私は

何本もライブをしたし曲を作ったし

レコーディングをしたし、

 

 

私のバンド人生の始まりの一本でした。

 

 

 

 

 

嫌味ではないけど、私は

あの頃では考えられないような額を、

その辺の年上のサラリーマンよりもっとの

お給料をいただけるようになって

 

 

ずっと憧れていたヴィンテージの本物の

レスポールも、リッケンバッカーも買おうと

思えば今すぐにでも買えてしまうけど、

 

 

きっと死ぬまでに高級車くらいの

金額のギターを買うこともあるだろうけど、

 

 

 

どんな価値のある高くていい音の出る

歴史深いギターを買ったとしても

 

あの二万円のレスポールもどきに勝てるギターは

ないと思います。

 

 

 

あー!!!!!!!!

 

 

 

あの頃のあのキラキラした気持ちを

一生忘れずにバンドをやりたい!!!!

 

 

 

 

 

 

バンドバンドバンド

一番最初に触れたロックってなんだろう、と

おもったけど、

 

多分絶対にビートルズでした

 

 

 

小学生の時、英語を習ってて

赤いビートルズのCDを聞かされて

 

 

 

調べたら出てきた、まさにこれです!!

 

 

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そこで一番好きな曲を選べといわれて、

Hey judeの和訳をした気がする

 

 

関係ないですが私はその後ビートルズの和訳を

しまくり、英語だけは学年トップの成績を

高校時代までキープしてました。

TOEICスコアも結構ある、

あざす、ビートルズ

 

 

 

 

 ビートルズってすごい

なにがすごいか言えって言われたら、

しっかりと言えないけど

 

 

 ビートルズはすごい

 

 

本当にすごい、

 

 

 

 

バンドマン同士、夜通し飲んで

その時の話題がビートルズだと

私は3徹はいけます。

 

 

ちなみにビートルズ好きと語るときに

一番最初に出る選択肢なので先に言いますが

ポール派です。

 

 

ビートルズの中で一番好きな曲は、

strawberry fields foreverです。

ちなみに作ったのはジョンレノンです。

矛盾〜〜〜〜

 

 

いいんです、

 

 

 

ビートルズの話をした後は、オアシス

 

 

 

オアシス好きです

 

 

 

 

ちなみに、リアム派です。

 

 

 

ノエルはめちゃくちゃやけど

あいつギターも弾けるやん。

歌上手いし。

 

なんでもできる人に魅力感じない、

 

その点リアムをみてみ!!!!

 

 

お兄ちゃん(ノエル)がギター弾いてるとき

寝そうな顔で退屈そうにガム噛みながらタンバリン叩いてる

あの人なにもできないのよ

 

 

素晴らしい!!

 

 

ちなみに、オアシスもめちゃくちゃ聴き込みましたが

一番好きなのはwounderwall、にわかみたいで

すみません…

 

 

ちなみにリアムはこの曲が

大嫌いらしい。

 

 

 

 

 

 

今日はビートルズをたくさん聴きます、

原点回帰だ、、、

 

 

無差別に大学生が大嫌いだった

 

わたし、若かりし頃、(今も若いのよ)

無差別に大学生が大嫌いでした!!!!!!

 

 

 

 

高校生の頃、わたしは大学生すごいとおもってた。

大学は、選ばれしエリートしか行けないところで

わたしらがクソほど遊んで過ごしたゴミ中高時代

めんどい勉強をしまくり努力し抜いた人たちのみが

いける聖域だとおもってました。

 

 

身内ため、自慢かよと思われてコンクリート埋めに

されてしまうかもしれませんが、うちの姉が実際に

クソほど頭が良く、いい大学に行ったのです、

 

でもわたしは自分がモンハンをしてイャンクック

倒せねえとか、ポケモンのレベル上げをしたり、

ギターを弾いたり、友だちと遊んでる間、

ずっと家で勉強してたのを見ていたし、

 

夜中ふと目が覚めても明かりがついていて(同部屋)勉強してたのをしっていたため、

 

「ここまでガリ勉じゃないと大学には行けないんだ」

と思ってました。

 

 

私はお姉ちゃんの2歳下なので、

その頃やっと進路について考えようかなくらいの時期で

絵の道に進むか、音楽の道に進むかで悩んでて

(どっちにしろしょーもない)

でも絵に特化した学科のある高校は、ある理由がありどーーーーしてもいきたくなかったのです。笑

 

 

まあ、とりあえずお姉ちゃんみたいに勉強せんといかんなら絶対に大学には

行きたくねえと思ったのと、

入学したらとにかくやりたい放題!みたいな母校に入学し、

それはとてもとても今でも

正しい選択ってぐらい最高の高校時代を送りました

 

 

うちの高校は普通科ではなかったので就職する子がかなり多く、

とにかく自立してる子が多かった。

 

高校生なのに親元を離れてる子もたくさんいたし

本当にみんな高校生でありながら自分で生きてた。

 

わたしの親友も同じ高校で、

その子がすごいしっかりしてる子で

(中身はぶっ飛んでいる)

それも大きい原因やろうけど、

 

とにかく高校卒業してからは"一切親に頼らずに自立"っていうイメージがすごかった、

今でもその通りだと思うけど。

 

 

 

 

その親友は高校卒業後すぐに就職した。

あの頃は同じようにボケ倒してたのに

ほぼフリーターみたいなもんだった当時の私とは違って、

19歳、一年ぶりに再開した時、すごい大人になってた。

なんか急にその子が年上になったみたいでさみしかったけど、素直に尊敬した。

 

 

 

 

私は上京をきめて、高校時代からバイトをたくさんして、

夜間部の専門に進学して

鬱になって吐きながら働いて夜学校行った。

これは私が頑張りすぎて鬱になったわけじゃなく

社会を舐め腐ってたからです。

周りの友だちは私と同じくらい働いても

弱音吐かなかったこもいる、

私は自分の甘さがとっても情けなかったです。

 

学生なのに、一日10時間くらいはたらいて、

休みの日は一つのバイト行って、終わって次のバイトに向かう…みたいな日々、

働いたお金は学費と生活費に消え、

働いて 学校、働いて 学校、

 

でも周りもみんなそうしてたし、

それが普通だと思ってたし、

まあ実際ももかやまあやに比べたら

わしなんか全然あまちゃんや!!!今も!

 

 

 

夜間部に通ってる子はほぼ同じような考え方で

本当に価値観が合った。

 

 

親に金銭的な負担かけるのださいとか、

働ける年齢なのに働かない人たちに

本当に疑問抱いてた、みんな、

 

 

 

だからうちらは

親に金払ってもらって大学行かしてもらって

ロクにバイトもせず遊んでる大学生が、

大嫌いでした

 

 

もちろん一生懸命バイトして学校行ってたり

バイトする暇ないくらい勉強してる大学生のことは

本当にすごいなあ、って思ってたけど

 

 

そうじゃなくて、大学生は人生の夏休みとか行って

チャラチャラ遊んでたり、親の金で海外旅行行く

大学生が本当に憎かった!!!!

 

今でも!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

高校時代のたくさんの、高卒で就職して

遊び盛りなのに毎日はたらいて実家にお金入れて

 

そういう子達より

 

チャラチャラ遊んで適当に就職して

 

その大学生の方が

 

 

大卒って優遇されて偉いみたいな扱いされて

給料も高くて、

 

シンプルにそういうのがほんっとに

許せないし

すごい悔しい

 

 

まあここは大卒でもなく、

高卒就職組でもない私が

出る幕ではないとわかってるんですけどね!!!!!!

 

 

 

 

中学のころの担任で

 

 

とても迷惑をかけて

 

 

今でも気にかけてくれる先生が言ったこと

今でもすごい思い出して

 

 

頑張ってる人がバカを見る世間であったらいかんって

 

すごい言ってたんだけど

 

 

私はそれをあるたびあるたびに思い出すんだけど

 

 

それってバカを見てるんじゃないかな

 

 

たしかにいい大学行った人は

一生懸命頑張って勉強したから行けたんだとおもう

 

進学校受験するために勉強してたとき

私はゲーセンで遊んでた、

 

大学受験するために勉強してたとき

私はライブハウスで遊んでた

 

 

 

 

だから高校時代から今までずっと、

吐くほど働いてるのも当然かもしれないけど、

 

 

でもな!!!!!!

 

 

 

 

お前らが親の金で遊んで、就職する未来より

うちら自由に自立して好きなことで生きていこうと

してる未来のほうがわくわくするし、

 

現にお前らの上司になるだろう人の収入をもう

とっくに超えているし、

 

若いうちから怒られまくってるから大体の耐性はついてるし、

 

 

別にどうでもいいんだよ!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

はっきりいって、うらやましい、それだけ。

 

 

まあ、なりたくはないけど!